貧困、過労死、派遣切り、いじめ、新型コロナウィルス感染・・・。「結果を招いたのは、本人の責任だ」 果たしてそうでしょうか?
当事者が置かれている現状を社会構造と切り離し、目に見える努力の多寡を基準にして問題を片付けていませんか? 「自己責任」という言葉が蔓延している昨今、社会的弱者の生存権がないがしろにされています。
この「にほんでいきる」は、外国籍の子供達の教育の実態を調査し、行政を動かす原動力にもなったキャンペーン報道が書籍化されたものです。
憲法第26条第2項は「すべて国民は、法律の定めるところにより、その保護する子女に普通教育を受けさせる義務を負う」と定めています。これがいわゆる「義務教育」です。
ただし文部科学省の解釈では、義務教育の対象は「国民」であり、外国籍は含んでいないのです。このことが「外国につながる子ども」の不就学という結果を招き、この本で取り上げられているような、様々な問題へとつながっていきます。
18歳未満の子の基本的人権を国際的に保証する国連の「子どもの権利条約」にはこうあります。
《人種、皮膚の色、性、言語、宗教、政治的意見その他の意見、国民的、種族的もしくは社会的出身、財産、心身障害、出生又は他の地位にかかわらず、いかなる差別もなしにこの条約に定める権利を尊重し、確保する》
日本は四半世紀前に批准しながら、現実はかけ離れています。毎日新聞の取材班がその距離を縮めることを報道の目標に掲げ、政府も外国籍の子の「学ぶ権利」を確立するための法整備に少しずつ動き始めているようですが、課題はまだ山積みです。
日本語がわからないために「知的障害」の烙印をおされている子どもたちがいる、という怖ろしい現実を、少しでも改善できるよう、日本語講師という立場を活かせればと、今、思案しています。
微力ではありますが、お役に立てることがあれば、喜んでお手伝いいたしますので、もしお心当たりあれば、ご連絡ください。お待ち申し上げております。