「本心」平野啓一郎 小説の神髄をみせてくれる作品です。

——–母を作ってほしいんです。

突拍子もない言葉ですが、設定は近未来の日本。ヴァーチャルリアリティがどんどん進化した世の中で、自分の亡き母親を再現させたいという、切実な主人公の想いが表現されていて、うまい導入です。

芥川賞作家(というくくりにカテゴライズしてしまうのは、私の悪いクセですが)の作品にふさわしく、VF-ヴァーチャルフィギア、とか、リアル・アバター、とか、《ありえそうな》四半世紀後の日本の姿を描いていて、読み始めてすぐ没頭してしまいました。

「自由死」という造語も、この物語の中では重要な言葉で、主人公・僕・朔也が、シングルマザーだった母に寄せる思慕が、痛いほど胸を突きます。

とても重いテーマを扱っていながら、文章がとてもソフィティスケートされていて、ものすごく長~~~い詩を読んでいるような、自分自身が読んでいるうちに洗練されていくような、そんな気分に浸れました。

格差社会、安楽死、発達障害とされる外国人の子供たち、などなど、なかなか重厚で、読み手に様々な「考えるべき課題」を与えてくれます。

先日、デキた友人とじっくりお喋りを楽しんだのですが、その時、こんなことを友人が話してくれました。友人の息子さんが最近ご結婚されて、お嫁さんのご両親とのおつきあいについて、なのですが。曰く、「相手のご両親とは適度に距離をとっておかないと。本人同士の仲が一番大事なんだから、余計な気を遣わせて、関係を維持させるなんて無理強いをしたくないからね」

深いなあ、と、私はいたく感心してしまいました。こういう細やかな配慮が私には全くできず、小説なんて壮大な心配りの必要な世界は、読むだけで充分。書くなんてとんでもない! と今更ながら思い知ったのでした。

平野啓一郎さんの思考回路は私の何万倍もの超複雑なものなのでしょう。

「本心」。年初から良書に巡り合えて幸せです。