上を向いてアルコール 小田嶋隆氏の「元アル中」カミングアウト

アル中という言葉には、そこはかとなく《罪悪感》が漂います。でも実際の「中毒」の意味は、薬や化学物質が体の中に取り込まれたことによって毒性が体に現れた状態のことを言い、いわゆる病名ではありません。なので正しくは「アルコール依存症」と言います。

このアルコール依存症という病。完治はしません。「上を向いてアルコール」にうまい表現がありますが、”断酒中のアルコール依存者”であり続け、その状態は例えて言うと、坂道でボールが止まっているみたいなもの、なのだそうです。お酒の誘惑に負けない強い意志で、依存という坂道を転がり落ちることを防いでいる。大変だろうなあ。私のような『お酒大好き人間♡』には、拷問のような仕打ちに思えます。

確かに飲みすぎて二日酔いになったり、果ては身体を壊したりするのは、ブレーキを踏めない自分が悪く、自業自得です。でも日本人と私が体験したヨーロッパ人とのお酒の席は、大きな違いがあります。特にアルコールを分解する酵素が少ない人が多い日本人には、日本の「和をもって・・・」のハーモニー思考が、アルコール依存を増長させる原因になるとも考えられます。

ヨーロッパではお酌をし合う慣習があまりありません。基本は手酌です。また「呑め」と強要されることもめったにありませんでした。「あら、今日は飲まないの?」と言われて、理由をきちんと説明すれば、個人を尊重する精神で、大酒呑みの私がミネラルウォーターを食事に供することが、自然と認められたりしました。

最近は若者のお酒離れが進んでおり、それはそれで悪い傾向ではないと思いますが、一方でコミュニケーション依存、特にスマホ中毒にハマっている人が大勢おり、これは新たな問題だと、著者は警鐘を鳴らしています。暇ですることがないと、人は何かに依存してしまうそうですが、私は常にやりたいことが山のようにあり、「退屈で死にそう」という人にうまく共感できません。

どなたかそのヒマな時間を私に恵んではいただけませんか?