ビールをコップと持って来い?

外国人の誤用から分かる「日本語の問題」森田良行著

外国人留学生と日本語で話していると、彼らの不思議な表現にとまどったり、逆に新鮮さを感じたりします。この本は、外国人が話す日本語の”誤用”について、「何の誤用なのか」「その誤用に対する正しい解答は何か」「なぜこのような誤りが生まれるのか」「日本語そのものに問題があるのか」といったことが詳しく解説されています。

例えば、「私の財布はすりにすられた」という日本語。外国人留学生がよく使う表現です。正解は「私は財布をすりにすられた」で、誤用の原因は母語の直訳と考えられます。

立ち返って、自分がドイツ語を話す時、随分”力技”で相手に理解させようとしているな、と今更ながら思います。名詞の性が分からない時など、適当につけたりあるいは抜かしたりして、しゃべっているし、頭の中で小難しい日本語が浮かんでいると、自分で言葉を作ったりすることもあります。

コミュニケーションとは、要は、自分の言いたいことが相手に誤解なく伝われば良い、と思っているので、「正しいドイツ語で話す」という基本姿勢がまるまる抜けているのです。

ところが、日本語教師の私は、留学生に「正しい日本語」を話させようとしている。。。

この本に出会ってから、自分のこの矛盾に気づかされ、大いに悩んでいます。

彼女は涙が出るほど喜んでいた → 彼女は涙を流さんばかりに喜んでいた

荷物が重くて持ってください → 荷物が重いので持ってください

先生に北京を案内しました → 先生に北京を案内してさしあげました

確かに誤用の日本語は少し”変”です。外国人留学生が今後、日本で生活していく上で、これらの誤用を話していたら、聞いた日本人は「あれ?」と思うでしょう。でも、正しい日本語に直せる人は果たしてどれくらいいることか。

私の中で重くのしかかっているのは、留学生が間違った日本語を話した時、日本人に「ああ、やっぱり」と蔑まれたり、バカにされたりするのではないかという危惧です。残念ながら、アメリカほどではないにしろ、日本にも差別意識は存在するように思います。外国人が安い賃金で働かされていたり、コロナ禍で簡単にクビを言い渡されている現実が、如実に物語っています。

英語は世界の公用語として広く認知され、それぞれのエリアで独自の言葉が話されています。シンガポールのシングリッシュや南半球のオージーイングリッシュなど、方言と言うにはかけ離れた、オリジナルの言語のようです。

日本語も将来、影響力のあるアニメやコミックで世界を席巻し、公用語レベルにまで発展すれば、「正しい日本語」云々にこだわることもなくなるのでしょうか。元来、言葉は生き物。間違った解釈が多数派になって正解にされたり、隠語がすっかり普段使いの言葉になったり。そう思えば、誤用に悩まされている自分は、なんと小さいことか。

ビールをコップといっしょに持ってこい! 正しい日本語の方がまだるっこしいような気がしませんか? 

語学の教師としては、まだまだ未熟者の私。日々精進します。