長い間「千円札」の顔だった漱石先生の物語。伊集院静の好評「先生」シリーズです。

これはいわゆる伝記小説になるのでしょうか。

夏目漱石と言えば「吾輩は猫である」や「坊ちゃん」の作者という認識と、千円札の髭の人というイメージがあるくらいで、そのヒトトナリにはあまり関心をもったことがありませんでした。

ところがこの「ミチクサ先生」を読むと、金之助(漱石の本名)の偉大さが圧倒的に伝わってきて、すっかり魅了されてしまいます。

出てくる人物群がこれまた偉人ぞろい。明治・大正時代の有名どころがワンサカ登場し、改めて当時の人々の凄さに驚かされました。

文豪と呼ばれた漱石が、家庭は「火の車」だったことは何かで読んで知っていたので、現在流通している千円札と五千円札(樋口一葉も貧しかった)の肖像は《お金に縁がない人達》と揶揄され、なんだか粗末に扱われていたような気がします。

漱石が亡くなった後、莫大な印税で、残された遺族の生活が豊かになったわけですが、金之助自身は病体に鞭打ちながら数々の名作を書き続けていました。

私は個人的に、老後が穏やかでないと、不幸な人生とみなす傾向があります。漱石の印象もどちらかと言えば「お気の毒な方」の部類にカテゴライズしていました。

実際は多くの人に慕われ、良き女房やかわいい子供たちに恵まれ、幸せなまま逝かれたのでしょうか。

2024年には新しいお札になりますが、それまではダンディな漱石のお顔を、もう少しアッタカイ目で拝見させていただこうと、心を入れ替えるきっかけになった、上下巻の名作でした。