小川洋子さんの名品再発見「科学の扉をノックする」

物理学者で天文学者の小柴昌俊東大特別栄誉教授による帯の文句が秀逸です。曰く

科学はすぐに役立つか分からないものでも、50年後、100年後に社会を変えることがあるのです。面白さを伝えるには、伝える人が面白い・意義がある・楽しいと思っていなければ伝わりません。この本は著者の小川洋子さんが科学の面白さを、時には驚きながら心から楽しんでいる点で、すぐれた科学への入口になっていると思います。

日本の科学者の冷遇ぶりが、この本の中に書かれていました。

税金でサイエンスを賄っていくにはどうしたらよいか。当然、総量制限がかかります。投じた税金に対して、決まったピリオドでもって、定量化された成果を要求される。ぶっちゃけて言うと、何年間でどのくらい特許を取りましたか、どのくらい商業化に成功しましたか、てな感じ。(文体は変えました)

だから今年のノーベル物理学賞受賞者の真鍋淑郎さんのように、アメリカや、最近では中国へ、優秀な頭脳が流出してしまうのです。

DNAについての章では、タイムリーなことに mRNA について分かりやすい記述がありました。そうです。ファイザーやモデルナなどのワクチンの仕組みが、懇切丁寧に書かれているのです。ここを読むだけでも、十分価値がありますよ。

さらに、宇宙や大地を形成する鉱物、実は偉大な存在・アメーバ(粘菌)、全ての動物の遺骸を”遺体”と呼ぶ標本収集家。小川洋子さんの純粋な好奇心と作家らしい微に入り細にわたった表現で、科学の世界がものすご~く魅力的に感じられます。

いや実際、科学とは面白いものだと思っていたのですが、それを私のようなおつむの固い人間のために、分かりやすく楽し気な文体で書かれたものが、存在しなかったというか。。。

小川さんの名作「博士の愛した数式」誕生の秘話が、この本の中にこめられていて、メイキング本屋大賞第一作的な読み方もできます。

根っからのタイガースファンでいらっしゃるんですね。保険の営業をしていた当時、お客様との会話で、野球と宗教の話はタブー、と戒められていたので、これ以上は突っ込まないことにします。

サイエンスを好きになると、地球のことも大事に思えてきます。エコロジーとサスティナブルを信条にしている私にとって「科学の扉をノックする」は基本に立ち返るための絶好のバイブルになりそうです。