昨年合格祈願に出かけた学問の神様・北野天満宮にお礼参りに行ってきました。1月2日は書初めの神事があるため、人出は最高潮になるとのことで、昨日3日にしたのですが、それでも大勢の参拝客がいました。三重県の田舎モンには、京都の人の多さは、刺激が強すぎます。屋台もたくさん出ていて、さながらお祭りのようでした。
苦しい時の神頼みとはよく言ったものですが、日本人は基本的に宗教に関しては柔軟な考えの人が多いと言えます。仏教の除夜の鐘を聴きながら、神道の初詣に出かけるのですから、一神教の信者から見れば「無節操」にうつるでしょう。
留学していた頃、クラスでレポートを発表する機会があり、私はこの日本人の大晦日から元旦にかけての行動をそのまま報告しました。子供が産まれると神道でお祝いし、人が亡くなると仏教で見送る。教会で結婚式をあげたり、クリスマスはどんちゃん騒ぎをしたり。。。
なんともまあ、フレキシブルな、日本人の宗教観。イスラム教徒のモハメッドが顎がはずれそうなほど驚き呆れていたのが、今でも忘れられません。日本は政教分離ですが、アラブ系の国々は宗教と法律が結びついているのが、ごく普通ですから、その反応は当然というか、しかたないと言うべきか。
欧米の裁判が始まる前の儀式に「聖書に誓って・・・」というくだりがありますが、ここにもキリスト教の影響の強さが現れています。
ユヴァル・ノア・ハラリ氏が「一神教より多神教の方が平和的だ」らしきことを書かれていたのを思うにつけ、日本人のしなやかな宗教観は世界平和に寄与するのではないかと、年頭から壮大なことを考えていました。