ほのぼの任侠ワールドへようこそ

任侠シリーズ最新作 任侠シネマ 今野敏著

今野敏氏の人気シリーズ・任侠ものが、もう5作目。これがその最新作です。

相変わらず映画は観ない私ですが(もっと安くなったら観るのに・・・)、原作には目をとおしています。「任侠学園」西島秀俊さん主演でしたね。任侠と言うと高倉健さんを思い起こしてしまいますが、今野敏氏の任侠シリーズはドンパチとか指詰めとか、バイオレンスは出てこない。そう、表題の「ほのぼの」という形容がぴったりはまる、世直しヤクザのおはなしなんです。

これまで出版社、高校、病院、銭湯の危機を救い、経営再建させてきた、阿岐本組。5作目のお題(?)は映画館。そのお手並みは読んでお確かめください。

学生時代、神戸で過ごした私には、忘れられないや~さんの思い出があります。(果たして本当にヤクザの方だったのか、今、思い出しても不思議ですが)ここにちょっとお披露目してみましょう。

講義が終わって帰路に向かう学生や会社員が多い時間帯。私を含めた5人の大学生はラッシュとは反対方向の空いたローカル線に乗っていました。窓際に長いベンチシートがあって、大きな空間を挟んだ向かいに、またベンチシートがある、そういうよくある車両です。私たち5人は長いベンチシートにゆったりと座っていました。

そこへ、剃りこみ入りのパンチパーマ、斜め45度のサングラス、ピンストライプのスーツにメッシュのエナメル靴といういで立ちのお兄さん(?)が乗り込んできたのです。しかもあろうことか、空いているのに、私たちの真正面のベンチシートの真ん中にふんぞり返って座ってしまった・・・

あからさまに席を立つわけにはいきません。私たちは居住まいを正し、さっきまでのにぎやかなおしゃべりをやめ、おとなしく神妙に座っていました。

次の駅で、深窓のお嬢様が同じ車両に乗り込んできました。なぜ、お嬢様かと思ったかって? だって、その女の子、お兄さんの横に物怖じなく座ったんです。ひらひらの白いワンピースを着て、いかにも世間知らずのピュアな少女っていう雰囲気で。

で、そのお嬢様は、少し大きめのバスケットを持っていました。席に落ち着いて、電車が動き出すと、そのふたをおもむろに開けて話しかけました。中には小型犬(ポメラニアンか何か、ちょっと記憶があやふやです)が入っていたのですが、このワンちゃん、義侠心に芽生えたのか、お嬢様を守るため(?)果敢にもお兄さん(推定20代後半)に向かってキャンキャン吠え始めたのです。

すると。

お兄さん、約170度に開いていた足がだんだん狭まって膝が揃い、同時にベンチシートの真ん中から少しずつ端へ端へとずれていきました。

お嬢様は「こらこら、知らない人に吠えちゃダメでしょ」とワンちゃんに声をかけるのですが、全く鳴きやまず、「すみませんねぇ」と横に謝るしまつ。怖がっている様子はありませんでした。ただただ恐縮していたのです。

私たち5人は、この珍事(?)を盛大に笑うわけにもいかず、みんな下を向いて肩を震わせていました。

お嬢様は次の駅でお兄さんに、しきりにお詫びを言いながら降りていき、お兄さんははっきりと分かるくらい怯え縮こまっていた身体を脱力させました。

その次の駅でお兄さんは、私たちに”ガン”をつけて下車していったのですが、迫力はなく、緊張と笑いの絶妙なバランスを持った時間は、幕を閉じたのでした。

任侠シリーズを読む度に、私は自分が今まで見聞きしたやっちゃんのエピソードを思い出し、さもありなん、と思考を柔軟にするのです。

文庫版 任侠書房 単行本の「とせい」改題 今野敏著

今野敏氏は以前「隠蔽捜査」シリーズをご紹介しましたが、稀代のストーリーテラーですね。また、キャラクターの設定が絶妙です。代貸の日村を西島さんが演じているようですが、組長の西田敏行さんが本の中のイメージとミスマッチなので、映画には食指が動きません。5作の中では第1作の「任侠書房」が一番おすすめです。

きったはったが好きな方、たまにはほっこりしてください。